(※ネタばれ注意)劇場版“文学少女”批評

音楽:100/100
脚本:25/150
演出:66/100
キャスト:49/70
作画:48/80
総得点:258/500
音楽
BGM:伊藤真澄,主題歌:eufonius
よかった,という一言に尽きる.ストリングスとピアノをメインに使った楽器編成は,ポップな序盤では軽快に物語を運び,シリアスなシーンでは登場人物の感情を映像以上によく映し出していた.一度聞くと耳から離れない美しいメインテーマはしかし決して物語を邪魔することがなく,むしろ物語中でアレンジを加えて何度も繰り返されることで,遠子先輩と過ごした年月が確かに存在したことを我々に思い出させてくれた.伊藤真澄のコーラスが入った曲も楽器のように響いて聞いていて心地よかった.
主題歌に関しても,素晴らしいとしか他に表現のしようがない.曲を聴くと映像体験がフラッシュバックし,歌詞を読むことで2重に追体験ができる.映像を見てなくても十分素晴らしい曲なので是非聴いてみてほしい
脚本
監督:多田俊介,脚本:山田由香
良い部分もあったが全体ではひどいと言わざるを得ない.よくないところを列挙すると,
1. 主人公に感情移入することができない
2. キャラクターの物語内での存在意義が分からない
3. 全体的な物語のバランスが良くない
の4点だろうか.
理由として,第1によくないのは,開始10分で物語上の時間が2年経過してしまう事にある.これにより観客が置いていかれてしまい主人公の気持ちや思い出などが体験できない.よって,感情移入ができなくなるのである.また他のキャラに関しても,掘り下げがないため他のモブキャラと扱いが変わらなくなっている.
第2の理由として,キャラクターの多さにある.この物語で,メインとなるのは心葉,遠子,美羽の3人である.これ以外のキャラクターはほぼいなくても成立するから,もっとキャラ数を減らして役割をはっきりさせる必要がある.例として竹田,姫倉はまず必要がない.芥川・ななせは必要だがもっとシーンを削ってもいい.
ここまでけなしたが,心葉,美羽が遠子という存在によって「浄化」されるというテーマと宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を絡めた構成,たった一人の未完成の人間でも他人に幸いをもたらすことができるという力強いメッセージはしっかりと描けていた,特に美羽の描写はよくできていて感情移入することができた.それだけに,他のキャラクターの存在が煩わしく感じることもあり物語バランスの悪さを感じた.
演出
不明
演出に関してはよい部分と悪い部分がはっきりとしていた.
まずよい部分は,プラネタリウムのシーンである.遠子による浄化が夜空の星星と天の川によって演出されていて非常に美しかった.また,序盤のコミカルな演出もポップさとシリアスさを対比させるうえでは良い役割を果たしていた.
悪い部分は,主人公の描写である.主人公の感情がオーバーに演出されすぎていてうまく感情移入できないと同時に,物語の把握の妨げともなっていた.1回目に見たとき主人公は病気なのではないかと疑った.
キャスト
天野 遠子:花澤香菜
井上 心葉:入野自由
朝倉 美羽:平野綾
琴吹 ななせ:水樹奈々
櫻井 流人:宮野真守
芥川 一詩:小野大輔
全体的には納得のキャストだった.特に平野綾は彼女以外に代わりが思いつかないような好演技を見せた.精神的に病んでいる難しい役どころであったが,あまりにも真に迫っていて感動した.当初心配された花澤もしっかり演技出来ていた.少し鼻にかかった独特の声や本人のサバサバした人柄も役柄に合っていたように感じた.少し残念だったのが入野自由で,及第点ではあるが,心葉の純粋すぎる性格を表し切れていなかったように感じた.他に関しては特に文句がない.というか大して重要でないので誰でもよかったといえば誰でもよかった.
作画
アニメーション制作:production I.G キャラクターデザイン:松本圭太
 アニメーションとしては,よく動いていたと思う.ただ,同時期の他の劇場版アニメと比べてちょっとクオリティが低いと感じてしまった.特に,髪の毛の1本1本や服の縫い目など細かいところが少し雑に感じた.キャラクターデザインは顎がとんがりすぎているのが気になった.
総評
 いろいろな意味でもったいないなと感じてしまった作品.「監督が原作から受け,伝えようとしたテーマ,メッセージというのは理解できたが,それにこだわり物語を抽出しすぎて観客不在の作品にしてしまったと思う.このテーマを伝えるなら,「文学少女」という看板を取っ払って,新しい作品で勝負した方が良かったのではと感じた.(実際は権利上の問題で無理だとは思うが)
 また,劇場作品という事で多数の人がかかわった結果,原作の純粋さが失われてしまったように感じた.原作未読であるからこの点は深く掘り下げられないが,表紙などのイメージからは,もう少しゆったりとしていて透明な作品だと思っていたので,シリアスな展開に少し驚いた.その点では原作を忠実になぞった,「消失」の方が面白いかどうかは別として完成度は高かったし,劇場作品で多数の人がかかわっても自身のオリジナル色を一切失わない新海誠はやはりすごいと感じた.
 結論としては初見では受け付けない,作品としては未完成なものだったと言える.筆者は1回見て,キャラクターの役割をしっかり把握したうえでもう一度見てようやく作品をしっかり鑑賞することが出来た.なので,是非DVD化した際には2回見ることお勧めする.
                                                                                                                    著者:かけそば